フェーズ3のデザイン──大阪『アニエル ドール』の「鳩のロースト」

大阪・本町のフランス料理店『アニエル ドール』は、2024年、2度目のリニューアルと共にロゴを一新。
内装もうつわも食材も、国産にシフトしました。“日本でしか食べられないフレンチ”をテーマに掲げて2年。この2月、なんと9年ぶりにピジョン(鳩)を解禁します。新作のワンデッシュが語る、藤田晃成シェフの心境の変化とは。

9年ぶりにピジョンを解禁!

「ピジョンを使うのは9年ぶりなんですよ」。
大阪・本町のフランス料理店『アニエル ドール』の藤田晃成シェフは、晴れやかに笑う。冬のフレンチには欠かせないジビエの一つを、なぜ、そんなにも長く封印を? そして、なぜ今、その封印を解いたのだろうか。

2024年に2度目の改装をして、“日本でしか食べられないフランス料理”をテーマに、内装もうつわも食材もメイドインジャパンに振り切ったんです。2年間みっちり国産食材と向き合って、ふと思ったんですよ。もっと自由でいいんじゃないかなって。ヨーロッパにしかない肉類があって、僕はそれが大好きなのに、使わない手はないよなーって。縛りを取っ払って、日本人として僕らしいフレンチを作る。今はそれがコンセプトです。

大阪『アニエル ドール』の藤田晃成シェフ
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藤田シェフは、神戸『レストロ・エスパス・トランキル(後の『アノニム』)』に勤めた後、渡仏。ノルマンディーやバスクなど地方で4年半、最後の1年半はリヨンのネオビストロ『アルカンジュ』でシェフを務めた。2013年、『アニエル ドール』を開店し、“フランス人が日本でやるフレンチ”をテーマに、郷土料理のビストロノミーを展開。4年後、それをガストロノミーに昇華するべく、1度目のリニューアルを果たす。絵画のように美しい多皿コースが評判を得て、ミシュランの星を獲得。一皿に使う食材を2~3種に絞り、一つの素材を数種の調理法で表現して盛り合わせる独自のスタイルを確立する。

ピジョンを使わなくなったのは、まさにこの頃から。日本人として、国産の食材をもっと知らなければ、と思ったんです。同世代のシェフ仲間に影響を受け、日本のクラフトにも開眼して。店内の土壁を左官職人にお願いし、うつわも作家もので揃え、2024年にリニューアル。そのタイミングで、西洋の食材を封印したんです。湯葉や山菜、川魚、ジビエももちろん国産で。大徳寺納豆や麹といった発酵食材や、黒モジなどの和ハーブ、ゆべしに三輪そうめんと、魅力的な地方の特産物もどんどん取り入れました。

大阪「アニエル ドール」の店内
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炭火と薪火のキュイッソン

『アニエル ドール』の店内は、洞窟のようだ。一切の装飾を配した中でフレンチを味わうと、五感が研ぎ澄まされていくのを感じる。そのフロアに、ふっと薪火の香りが届く。2月半ばから2カ月間、コースの終盤に供される9年ぶりのピジョンは、胸肉とモモ肉に分け、それぞれをオーブンとガス火で火入れした後、炭と薪の両方を使って焼き上げるという。

焼肉やったら、表面からだけの火入れなので、表面と中心部では食感や味わいがおのずと変わりますよね。僕が狙っているのはそういう火入れではなくて。焼きの工程を細分化して、すべての箇所をベストな状態に焼き上げたい。皮目をパリッとさせるための工程、中心部をジューシーに仕上げるための工程と、段階的にアプローチしていくイメージです。

ピジョンの胸肉とモモ肉
左/モモ肉を外したピジョンはフライパンで表面を焼き固め、オーブンへ。2分焼いては休ませること3回。ゆっくりと火を入れていく。右/モモ肉は85℃で2.5時間コンフィ(油煮)にし、ガス火で表面をカリッと焼き上げる。
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ピジョンの胸肉の炭火焼き
オーブンの火入れを経たピジョンを捌き、胸肉を切り出して、炭床へ。
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胸肉を炭火で焼き始めると、藤田シェフは炭床につきっきりになる。「キュイッソン(火入れ)は僕が必ずやります。料理の6割は火入れで決まると思うので」。何度か返しながら、ベストな状態の直前まで炭火で火入れし、ガス火で焼いたモモ肉と共に、最後は薪火で。その薪は、炭床の上にくべられる。最適に乾燥させた薪は、一瞬で炎を上げる。

ピジョンの胸肉とモモ肉を薪焼きに
最後に炭床にくべた薪の炎で胸肉、モモ肉に瞬間的な火入れをし、薪の香りをまとわせる。
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炭と薪では役割が違うんです。炭火は“乾いた火”なので、皮目を乾かしながら熱して、その熱を中にじわっと伝えていきます。中心部の状態を想像しながらの火入れなので、見極めが難しいんですよ。一方、薪は“水分を含んだ火”。僕のイメージはカツオの藁(わら)焼き。瞬間的な火入れで、肉に潤いを与えながら、香りを付けます。

連想でひらめく、ソースと付合せ

「アニエル ドール」のピジョンのソース
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ピジョンの断面は見事なロゼだ。しっとり感がビジュアルからも伝わってくる。そこに、どんなソースを合わせるのか。どんなガルニチュール(付合せ)を添えるのか。フランス料理の構成は複雑だ。藤田シェフの場合、まるで連想ゲームのように、それぞれのパーツを繋げていく。

韓国では、肉をエゴマに包んで食べるでしょう。あの相性は抜群やと思うんですよ。韓国の食文化は、ヨーロッパでいうと、スペインに似ている。日本料理はフレンチ、中華はイタリアンに通じるものがあるというのが僕の考えで。それで、スペインのペドロ・ヒメネス(甘口シェリー)を鳩のだしと合わせ、ソースにしました。ガルニチュールは、ナムルから発想した若ゴボウの和え物。ピジョンの野性味と相性のいいアンチョビバターを利かせています。

「アニエル ドール」のガルニチュール
旬の若ゴボウはアク抜きした後、生ハムと昆布のだしに浸し、軸はアンチョビバターで和え、根はさっと揚げてエゴママスタードと絡める。重ねて盛り、ビネグレットを軽くまとわせたエゴマの葉を被せて。
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薪の香をまとった胸肉が驚くほど柔らかい。ガリッとした皮目と、身のしっとり感のコントラストが見事だ。溢れる肉汁の繊細な野性味には鉄分のニュアンスもあり、それをエゴマの香味がガチッと受け止める。モモ肉は小さな身とは思えぬジューシーさ。若ゴボウの野趣に重なるアンチョビバターのアクセントもいい。そして、ソース。煮詰めたピジョンのジュとシェリーの深いコクの中に、清らかさを感じる。この透明感は、なんだ!

「アニエル ドール」の「鳩のロースト」
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ソースのベースは鳩ガラのだしですが、コンソメの要領でクラリフィエ(清澄化)させています。雑味がなくなり、ソースが軽やかになるんでよ。僕の料理の特徴の一つだと思います。キュイッソンとソースの技術があれば、何を使っても僕らしいフレンチができる。45歳にして、ようやくその境地にたどり着きました(笑)。だから、大好きなフランス・ランド産のピジョンをもう一度使ってみようと思えたんです。

2度のリニューアルを経て、『アニエル ドール』はフェーズ3に入った。一段階ずつテーマを掲げ、突き詰めて、次へと向かう。その中で、向き合ったのは、日本人としてのアイデンティティー。現代作家のうつわで供す9年ぶりのピジョンには、藤田シェフ流の“日本のフレンチ”のデザインがある。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。