ディッシュパワー満開!──奈良『洋食Katsui 山の辺の道』の「マーケットサラダ」

大阪に“新しい洋食”の旋風を起こしたのは2000年代。姉妹店も展開し、順風満帆だった2017年、勝井景介さんは地元の奈良・柳本町に暮らしを移し、『洋食Katsui 山の辺の道』を開店しました。洋食で地元を活性化させたい! そんな想いをのせて、「マーケットサラダ」はこの3月、晴れてレギュラ―メニューになります。

“暮らしの豊かさ”を伝えたい

「マーケットサラダ」は、大人の“お子お様ランチ”だ。たっぷりの新鮮な野菜に、エビフライなど揚げ物が3種、サーモンマリネやスパニッシュオムレツ、自家製のローストビーフにハム。洋食の魅力が咲き誇る皿の上に、陽光が届く。窓の向こうには、奈良の自然。『洋食Katsui 山の辺の道』で過ごす時間は、なんて豊かなのだろう。

僕の地元の“柳本町の暮らし”ごと味わっていただきたいんですよ。ここはヤマト王権発祥の地で、古墳時代から栄えたエリア。「山の辺の道」は日本最古の道です。トレッキングや散策を楽しむ方や地元の人が集まる「天理市トレイルセンター」内のレストランなので、物産コーナーや周辺史跡の紹介スペースも設けていて。僕はここの館長も務めています。地元に戻って来て、流行とか、そういうことはもうどうでもよくなって。今まで気付かなかった丁寧な暮らしや、美味しいものをちゃんと食べることの大切さ。そんな当たり前のことが、今はとても大事なんです。

「洋食Katsui 山の辺の道」の外観
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大阪の心斎橋に『洋食Katsui』を開いたのは1999年。町の洋食屋とは一線を画すモダンな内装。ラードやマーガリンの代わりにバターやオリーブ油を使ったライトなテイスト。深夜までワインと共にエビフライやハンバーグを楽しめる勝井流“新しい洋食”は一世を風靡し、店舗も展開。2010年代に入っても変わらぬ繁盛ぶりだった。にもかかわらず、勝井景介さんは奈良の柳本に移転を決めた。2017年のことだ。

柳本の実家に戻ってから、しばらくは車通勤していたのですが、家を出る時は秋晴れだな~と季節の移ろいを感じても、心斎橋に近づくと「また新しい店ができてる」みたいな思考になるんですよ。自分は何のために仕事してるんだろう…と思うようになって。僕はスキーも波乗りも好きだし、息抜きしているつもりだったんですけど、ベースの暮らしを大切にしてなかった。自分流に誰にも流されず暮らさなきゃ、と思ったのが、移転のきっかけです。

「洋食Katsui 山の辺の道」店内
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ノスタルジーではない“新しい洋食”

「マーケットサラダ」は、かつて中之島の「大阪ロイヤルホテル」にあったコーヒーショップ『コルベーユ』の看板メニューだった。「パイロットやCAさんがブランチを楽しむ姿がかっこよくて。内装もクラシカルで、僕の憧れの店でした」。洋食を志して30余年。勝井さんの原体験は、少年時代に触れた昭和のハイカラな洋風の世界だった。

僕は日本のクラシックホテルが大好きで。その一員になりたくて、大学卒業後、ホテルマンになりました。奈良県の柳本に引っ越してきたのは12歳の頃。「万葉集にも歌われた歴史ある地で暮らしたい」というのが祖父の願いで。でも、若い頃の僕はポップカルチャーに夢中だったので、大学時代は大阪で過ごし、卒業後は迷わず東京へ。コックになろうと思い立ったのは27歳。脱サラして大阪に戻り、欧風料理店で修業して、34歳で独立しました。

大阪『洋食Katsui 山の辺の道』の勝井景介シェフ
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『洋食Katsui』のHPには、こんな一文が記されている。
「お腹の空いた方もお酒を飲みたい方も たくさんのオードブルと洋食でおもてなしいたします」。 勝井さんが開店時に色紙に記したこの言葉は、今も店内に飾られている。

昔ながらの洋食屋は、味噌汁とご飯の付く定食スタイルが主流でしょう。30代の僕は、ノスタルジーだけでは洋食は生き残れないと思った。もっと自由で愉しくないと。『コルベーユ』の「マーケットサラダ」は、フライドチキンと確かスモークサーモンものっていて、すごくディッシュパワーが強かった。うちのコンセプトにピッタリだし、開店からほどなくして、オマージュを込めて料理名はそのままに、僕なりのアレンジを加えてオンメニューさせてもらいました。

大阪「洋食Katsui 山の辺の道」の「マーケットサラダ」
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洋食で町を活性化させる!

揚げたてのエビフライに噛り付き、ベビーリーフをむしゃっと食べ、サーモンを切り分けて一口。ポテトサラダを挟んで、フルーツトマト。ハチミツのかかったカマンベールやリンゴの赤ワイン煮が一皿に起伏を生んでいる。自家製ハムの味わいのふくよかなこと。ベニズワイガニで冬の名残を、筍や空豆で春を感じて。一口ごとに表情がくるくると変わる。食べ進めるのがこんなに楽しいサラダは初めてだ。

「マーケットサラダ」の材料
左がこの日の「マーケットサラダ」を彩る野菜15種。右は、牡蛎のマリネ、ズワイガニ、スパニッシュオムレツ、自家製のハムとローストビーフなど。ご馳走が満載だ。
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「マーケットサラダ」の揚げ物
天使のエビのフライに、ワカサギなど季節の魚。カマンベールのフライには、ゴマパン粉を使い、ハチミツをかけて。
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野菜の多くは仲間たちが作ってるんですよ。このブロッコリー、色が濃いでしょう。ベビーリーフは曽爾(そに)高原で育てたもので、レタスは天理の農家さんから毎日届きます。大切に育ててくれた野菜ですから、絶対に無駄にしません。大根は切り干しにもするし、キノコも干して使ったり。まかないまで含めて必ず使い切って全部食べます。“食べる本質”は、そういう当たり前のことにあると思うので。

もとより勝井さんは、とてもアグレッシブな人だ。そして、常に仲間に囲まれている。HPには卒業生の店の名が連なり、いい師弟関係が続いているのが分かる。人を束ねる力があり、物事を前に進めることができる人。地元に戻り、60代になった勝井さんは、ますますエネルギッシュだ。2019年、無人駅の柳本駅構内に『駅中食堂ピクトン』を開店。「厨房は地元のご婦人方が主役。子育てを終えたお母さんたちは手際よく、皆で協力して働いてくれています」。来春には、隣町の田原本に『洋食Katsui』流のドライブインを造る計画も進んでいるという。

「洋食Katsui 山の辺の道」のマーケットサラダセット
「マーケットサラダ」はバゲットとミネストローネなどのスープ付きで、2600円。
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「柳本で豊かに暮らしたい」「美味しいものを楽しみたい」。この2つが今の原動力です。多くの人が自然や史跡を求めて訪ねてきて、うちで洋食を食べて、「柳本ええよね」って思ってくれたら、皆が励みになるし、自信も出てくる。そしたら、この町で暮らす人も増えるでしょう。そういう好循環を生み出し、何より続けていきたい。洋食をやってきてよかったなと、しみじみ思うんですよ。子どもからご老人まで好きな、ニッポンの食文化ですから。洋食だからこそ、地元の魅力をのせて広く発信することができる。そこに、少年時代に憧れたクラシックな洋風の“かっこよさ”と“上質感”をプラスする。そんな仕事なら、まだまだ馬力が出そうな気がします。

「うちの定食には箸を添えていますが、このワンデッシュはナイフフォークで味わっていたけたらいいなと思っています。切り分けながら、皿の中でいろんな一口を作って食べ進める。洋食ならではの楽しさを、もう一歩踏み込んで伝えたくて」。そんな勝井さんの想いをのせて、スポット的に供してきた「マーケットサラダ」は、この3月、晴れてウィークレギュラーメニューになる。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。