枯淡に遊ぶ──京都・北大路 日本料理店『獨歩』の「かけ蕎麦」
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“本質”を追い求める旅の始まり
ようやく『獨歩』の折敷に出合えた。室町時代の隅切らずの折敷を手にした時、宮澤政人さんは心が震えたという。骨董や古道具、調度品。そして、食材や人との出合い。一つずつの縁を繋げて、2023年10月、北大路に『獨歩』を開店。今年50歳になる宮澤さんが日本料理人として歩んだ道のりは、「予想通りにならないけれど、いつも予想を超えてくる」出来事の連続だったという。
神奈川県の川崎市で生まれ育って、実家の寿司屋を継ぐためにこの世界に入ったのですが、18歳で訪れた京都に魅せられて。「和食をやるならここしかない」という強い想いに駆られて、父の伝手で「京都ホテルオークラ」の和食店へ。約2年後、茶懐石出張料理の『柿傳(かきでん)』に入らせていただきました。とある茶事で、桃山時代の志野に料理を盛った瞬間、「僕の求めていたものはこれだ!」と確信して。“本物”と出合って、目が開かれたんです。
宮澤さんの“本質”を追い求める旅は、こうして始まった。『柿傳』に5年勤め、一時は東京で庖丁を握ったが、京都への想いが募るばかりだったという。『高台寺 和久傳』を経て、32歳で独立。2007年に懐石料理店『じき宮ざわ』を開いた。10坪の小体な店では名物「焼胡麻豆富(とうふ)」の物販もやっていたが、人気を博したことで新たな調理場が必要になった。それが二軒目の『ごだん宮ざわ』の始まりだ。
ある旅館の厨房をお借りしていたんですが、女将さんに「朝食をお願いできたら」と請われて。そのうち夜のお食事も作ることになって人を増やしたんですけど、その旅館が廃業してしまったんです。人もいるし、生姜焼きの定食屋でもやろうかと物件を見つけ、自分で設計図を描いてみたら…なぜか日本料理店になってまして(笑)。茶懐石の世界観でおもてなしをしたいという想いを叶えるため、『じき宮ざわ』を二番手に任せ、自分でやることにしたんです。
流れと、ご縁と、タイミング
コロナ禍をしのぐため、多くのスタッフを抱える宮澤さんは鍋の物販を始め、ECサイトを立ち上げた。調理場を作るべく『ごだん宮ざわ』の近くに、またしても物件を購入。その背景には、店で評判を得た蕎麦を手打ちする道場を作りたいという想いもあったという。ところが、宮澤さんは流れがよくないと、その場所を社員寮にしてしまう。
物事の流れを強く意識していると思います。無理に物事を動かそうとしている時は一旦止まってみて。でも、蕎麦道場は必要ですし、再び物件を探して、出合ったのが北大路のこの場所です。そんな時、お世話になった蕎麦屋『じん六』のご主人の訃報を聞いて…。亀岡の製粉所を訪ねたら、蕎麦の実が山ほどあって、粒を揃えたり、色別もできる最先端の選別機も揃っていて。『じん六』のご主人の想いが満ちていました。ここを潰すわけにいかないと、強く思ったんです。
『じん六』の二番手の方が手伝ってくれることになり、製粉所を引き継いだ宮澤さんは、北大路で蕎麦屋を開こうと動き出した。ところが出来上がった設計図は、やっぱり日本料理店になっていたと笑う。“眠れる本心”に導かれて次のフェーズへ。すべては「流れと、ご縁と、タイミング」だと宮澤さんは言う。京都に憧れ、本物を求めてたどり着いた北大路は、敬愛する魯山人生誕の地だった。
魯山人は、古典を愛する心と料理を結び付けた最初の人です。書も陶も、そして料理も手掛け、嘘偽りがない。こんな人は他にいませんよ。たくさんの書物を残してくれていますが、切実に本質を求め続けるご様子が伝わってきて、自分の想いと重なっていきました。ある時、機関誌「星岡」を読んでいたら、この一枚がふっと出てきたんです。まさに、北大路の店の名を考えていたタイミングで。『獨歩』。自然と店名が決まりました。
400年前の器に、現代を盛る
私が『獨歩』の夜を楽しんだのは昨年11月。蕎麦ずしあり、羊のマトンの焼物あり。クエの焼物にはネパールの胡椒。「今、お出ししたい料理を、好きな器に盛る」。そんな自由さを宮澤さんは楽しんでいるようだった。懐石の型にとらわれず、ひらめきを大切に仕立てた12品。ただ一つ、決めていることは、お凌ぎに蕎麦を出すこと。それが今回のワンデッシュだ。
亀岡で選別してもらった蕎麦の実を運んで、石臼で挽き、外一(そといち)や十割で打っています。羊や熊肉の汁に合わせたり、松の実ペーストと和えたりして、日本料理店らしい蕎麦に仕立てています。このかけ蕎麦は、お代わりをご所望されたらお出しするもの。鯛のアラなどからだしを取り、濃口醤油とみりんで少し甘めに塩梅した「甘汁」に、柚子と塩昆布だけでシンプルにお出ししています。
冒頭の折敷の上には、桃山時代の根来(ねごろ)塗の四つ椀。一杯のかけ蕎麦に漂う枯淡の風情から、『獨歩』の世界観が無言のうちに伝わってくる。甘汁で魚介の凝縮された旨みをしみじみと味わい、蕎麦を手繰(たぐ)れば、凛とした舌触り。優美な風味の広がりがある。
400年前のうつわに、現代の料理を盛る。その瞬間をお客様と共有できたら、もうそれで幸せなんです。僕が今、手にしている食材やうつわは、縁があって出合ったもの。そして、想いを同じくして作られたもの。それは、魯山人がやりたかったことに重なるような気がしています。僕は心の琴線に何かが触れると、ものすごく嬉しくなって興奮するんです。その心の動きに正直に生きてきただけなんですが、ありえない出合いに恵まれすぎていて。ずっと夢の中にいるみたいな感じなんです。
魯山人の生まれた地で、その手になる絵を愛でながら、400年前のうつわで現代の料理を味わう。それは、途方もない奇跡だ。その刹那をお客と共有する幸せをかみしめながら、宮澤さんは本質を求める旅という“夢の中”を歩き続ける。
data
- 店名
- 獨歩
- 住所
- 京都府京都市北区出雲路松ノ下町1-1
- 電話番号
- 075-406-7588
- 営業時間
- 18:00~の一斉スタート
- 定休日
- 日・月曜
- 交通
- 京都市営地下鉄北大路駅から徒歩7分
- 席数
- カウンター10席
- メニュー
- コース36300円。
- 外国語メニュー
- なし

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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