割烹の“魅せる”和え物──大阪『弧柳』の「山海和え」
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豪快な和え物パフォーマンス
大きなガラス鉢に、ウドやウルイ、コゴミと春の山菜が美しく配されていく。エシャロットの薄切りに赤水菜、浜防風。極細切りを素揚げした新ジャガの上に、たっぷりのテイレギ。丸々と肥えた関鯖は、手際よくそぎ切りにして板皿へ。店主の松尾慎太郎さんが2つの皿を披露しながらカウンターで声を張る。「和合肴(あえざかな)は山海和えです。これから和えていきますね」。
上海で出合った中国の精進料理を、僕なりにアレンジしました。昨年、同世代の料理人仲間と旅して、あるレストランで衝撃を受けて。いろんな野菜を盛ったザルが出てきて、それを大鉢に入れ、ドレッシングのようなもので和えて、目の前で仕上げるんですよ。青パパイヤや香菜(シャンツァイ)、炒めたマコモ茸とか、ホントに野菜だけ。いろんな食感や香味があって、めっちゃ美味しかった。“和え物を見せる”演出があるなんて…目からウロコが落ちました!
松尾さん流アレンジは、鯖へしこダレを関鯖に絡めること。それを目の前でガラス鉢に入れ、カウンターのお客の興味を惹きつけたところで、両手を使って豪快に和える。平面的に盛り付けてあった野菜たちが立体感を帯び、覚醒するようにそれぞれの香味を放つ。その香りが客席に届き、お客の目はさらに釘付けになる、という寸法だ。
これがやりたかったんですよ! 日本料理の和え物って、地味な存在でしょう。でも、季節感を最も表現できる料理の一つでもあるんです。うちは割烹ですから、目の前で調理するライブ感も、ぜひお客様に楽しんでいただきたい。それで、このスタイルを取り入れたんです。一斉スタートというのもあって、カウンター12席分の和え物をお客様の前で一気に仕上げられますから。
新築の一軒家で骨董が彩るコースを
明治期の作、永楽十四代・得全(とくぜん)の黄交趾(きこうち)に1人前を盛り付け、折敷の上へ。なんとも艶やかな佇まいだ。一口目は、テイレギがピリッとした辛みを放つ。鯖へしこダレの力強い旨みが、鯖の持ち味だけでなく、野菜の個性をも際立たせている。ウドや浜防風が匂い立ち、エシャロットの香味や、揚げ新ジャガの香ばしさが次々と顔を出す。塩茹であり、生ありで食感も様々だ。
多彩な野菜の個性ある風味に、揚げた香ばしさや適度な酸味を重ねると、ワクワクするような味になるんですよ! 豪快に和えて、骨董に盛ってお出しするのも、うちらしいと思います。若い時、京都の名店を食べ歩いて勉強させていただいたんですが、とあるご主人に「日本料理の愉しみは、料理だけにあらず。建物や調度品、“料理の着物”である器も大切なんや」と教わって。骨董は20歳から買い集めてましたし、いつか一軒家で店をやりたいと、心に決めてやってきました。
松尾さんが腕を磨いたのは、大阪・法善寺横丁の『浪速割烹 㐂川(きがわ)』。調理師学校在学中、初代・上野修三さんが作った「ワタリガニのエンドウソース」の画像を見て、修業先を決めたという。そこには、新しい日本料理の息吹があった。この料理を作ってみたい!と門を叩き、5年目を迎えた24歳で料理長に。計13年を過ごし、2009年、北新地のビルの1階に『弧柳』を開店。2021年11月、北浜に念願の一軒家を新築し、46歳で夢の舞台を調えた。
北新地の店は狭かったので、お出しできなかった骨董がたくさんあったんですよ。この店は地下に収納スペースを設えたので、好きな骨董を存分に使っておもてなししています。20年以上、西天満の古美術商に通って、古染付や樂(らく)などの骨董をたくさん買わせていただきましたが、「出世払いでいい」と仰る粋なご主人で。移転を機に完済したんですけどね…、今は前よりもっと買っちゃってます(笑)。
自分流の割烹の大阪料理を磨く
割烹は「割=庖丁仕事」「烹=煮炊きもの」という調理法を表す言葉だ。転じて、その調理を目の前で楽しめ、できたてを味わえるカウンターの和食店を指すようになった。かつてはアラカルトが基本だったが、現在はコースが主流。割烹とはどんな店なのか? お客に伝わりにくい時代になったと私は思う。ましてや『弧柳』は、瀟洒な館の中、骨董を随所に使ってコースを楽しませる。松尾さんは、割烹というジャンルを、今、どのように捉えているのだろうか。
実は、2年くらい前まで結構迷っていたんですよ。骨董に、海老芋の炊いたのをころんと一つ。そんなシンプルなお料理が流行っていましたし、「いろいろやりすぎちゃうか」と日本料理界の重鎮の方に助言をいただいたこともあって。でも、よく考えたら、僕は割烹しか経験したことがないんですよね。懐石をやっても真似にしかならない。自分なりの割烹のもてなしを突き詰めていこうと、吹っ切れました!
『弧柳』の品書きには、大きく「大阪料理」と記されている。大阪の風土と気質が育んだ日本料理を、松尾さんは常に強く意識している。例えば、北新地時代から作り続けている「魚庭(なにわ)」。「大阪料理の主菜はお造りや」という修業先の教えから生まれた松尾さんのスペシャリテだ。今は大皿に1組2~3人前の造りを3種。続けて2種を一皿ずつ供し、切りたての味わいを大切にしている。
「魚庭」は大阪湾が豊かな漁場だったことに由来する大阪の古称。大阪料理は生の魚介を多用しますが、僕は「魚や肉ばかりやなくて、野菜も食べなアカン」と育てられたので(笑)、焼物でも煮物でも必ず野菜を合わせます。大阪には、なにわの伝統野菜など素晴らしい野菜がたくさんありますから。先付の後の2品目としてお出しする「和合肴」の「山海和え」は、季節の野菜と生の魚介の取合せ。これからだと初ガツオに貝類、春が過ぎれば野菜も変わりますし、うちの和え物の定番にしたいと思っています。
『弧柳』はカウンター12席と2階には個室が2つある。その料理を仕立てるのに12名の厨房スタッフを抱えている。それもまた「日本料理の未来のために人を育てないと」という修業先の教え。あと20年はこのまま走って、最後はアラカルトの小さな割烹をやりたい、と松尾さんは言った。その時、私は70代か。割烹道を邁進した20年後の松尾さんの大阪料理を、小さなカウンターでぜひとも味わってみたい。
data
- 店名
- 弧柳
- 住所
- 大阪府大阪市中央区内淡路町3-3-3
- 電話番号
- 050-3172-3474
- 営業時間
- 12:00~(土曜、祝日のみ)、18:00・21:00一斉スタート
- 定休日
- 日曜、平日不定休あり
- 交通
- 地下鉄北浜駅から徒歩7分、堺筋本町駅から徒歩10分、天満橋駅から徒歩13分
- 席数
- カウンター12席、個室2室(2~6名)
- メニュー
- コース36300円~(サービス料込)。日本酒1合1000円~。※個室利用料10%別。
- 公式サイト
- https://www.koryu.net/
- https://www.instagram.com/koryu200933

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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