芽吹きを生ける──大阪・高槻の日本料理『心根』の「鯉の花籠仕立て」

高槻駅から車で30分。山里に一軒の古民家が佇んでいます。“山の日本料理”を謳う『心根』。二十四節気の移ろいを映したコースは、3月半ばから春爛漫に。店主・片山 城(きずく)さんが、花籠柄の染付に“生ける”のは、山里の芽吹きと、清らかな鯉(こい)のお造り。五味に野趣を重ねて、ここだけの春の味を花咲かせています。

清らかな鯉の造りを主役に

高槻の山中に佇む日本料理店『心根』は、二十四節気に合わせてコースを仕立てている。3月半ばからは「春分」と「清明」。昼と夜が同じ長さになり、スズメは巣作りを始め、桜の花が開く。4月になると、清々しい春の息吹を感じ、空は青く澄み、爽やかな風が吹き抜ける。そんな山里の春景色を、店主・片山 城さんは花籠のうつわに映した。

まさに春爛漫の時季で、うちの敷地内や周辺では山菜が萌え、新芽が吹き出す頃。その芽吹きのエネルギーをお届けしたいという想いを込めて、この時季のコースを仕立てています。お造りとしてお出しする「鯉の花籠仕立て」は、とある骨董屋で花籠が描かれた古い染付を見つけ、まさに花を生けるように芽吹きのものを盛りたい!と閃いた一品。ここ数年は、この時季に必ずお出ししています。

大阪『心根』の「鯉の花籠仕立て」盛り付け
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『心根』が謡うのは“山の日本料理”。コースのお造りは川魚が主体で、海の幸は全体の1割程度しか使わないと片山さんは言う。このワンデッシュも、主役は鯉。清らかで、淡く繊細な味わいは、まさに“清明”のごとし。“始末の心”を大事にする大阪的精神と、恵みに感謝する想いから、ウロコも皮も余さず使うという。

鯉の皮とウロコ
ウロコは素揚げにし、皮は湯引きにして刻み、「鯉の花籠仕立て」に盛り合わせる。
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米原の川魚卸『魚万商店』の鯉をいつも使わせていただいてます。流水で泳がせているので、臭みがまったくないんですよ。1尾1.5キロ以上あって、旨みも充実しています。生きたまま届くので、津本式で水圧によって神経の糸を取り除き、毛細血管に至るまで徹底的に血抜きしています。この状態で寝かせると、旨みがぐっと増すんですよ。その旨みをさらに凝縮させるために昆布〆して軽く脱水させるのですが、昆布の味を付けたくはないので、白板昆布で優しく〆ています。

鯉の血抜きと昆布〆
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大自然の中で日本料理を作りたい

片山さんは、和歌山に本店を持つ『魚匠 銀平』の北新地店で8年働き、地元のお隣・枚方市で『心根』を開いた。開店当初は『銀平』仕込みの鮮魚料理を謳っていたが、移転後は、せっかく学んだ魚介の仕事をほぼ封印し、川魚に山菜、ジビエなど山の素材と向き合う日々を送っている。片山さんは、なぜ高槻駅から車で30分もかかる山里を、移転の地に選んだのだろう。

高校の頃、バスケの合宿で小さな宿に泊まったんです。その女将さんのホスピタリティが素晴らしくて。「宿をやりたい!」というのが僕の夢になりました。大学卒業後、法律事務所で働きながら幾つかの宿を訪ねて働き口を探したんですが、「料理はできるの?」と聞かれて。23歳で和食の世界に飛び込み、33歳で独立。昼は海鮮丼や魚定食、夜はリーズナブルなコースもやっていたのですが、『銀平』時代の上司に「このままやったら店潰すで」と叱咤されて。たぶん、僕の料理には迷いがあったんやと思います。

「心根」片山 城さん
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自分が本当に作りたいのは、どんな和食なのか? 思い悩む日々の中で手にしたのは、その上司からかつて勧められた一冊の本。『草を喰(は)む─京都「なかひがし」の四季』。お竈(くど)で炊くご飯に、炭火の馳走(ちそう)。店主の中東久雄さんが自ら山に入って摘む山野草に、川と湖の魚、ジビエなどを素材として、自然の移ろいを皿の上に描く。唯一無二の世界観に魅せられた片山さんは、年に2回、必ず『草喰なかひがし』を訪れるように。そして、憧れは目標へと変わった。

枚方で店をやっていた頃、とある会合の場に選んでいただき、なんと中東さんがお越しになられたんです! めっちゃ緊張したんですけど、嬉しくて涙が止まらなくて…。以来、とても可愛がっていただいているのですが、交流が深まるにつれて、自然の中で料理屋を営みたい、という想いが膨らんで。そんな中で出合ったのが、この築100年の古民家。ここや!と思って、2018年の年末に思い切って移転をしました。

「心根」の外観
取材に訪れたのは、立春前の大寒の頃。まだ蕾が膨らむ前の梅の木の下には、小さなお地蔵。中東さんから移転祝いに贈られたものだ。
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個性を重ねて新しいおいしさを生む

「心根」の店内
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『草喰なかひがし』と同じベンガラ色のお竈を店内に設え、毎日のように山に入り、山野草やキノコを採る。川や湖の魚を改めて学び、産地とのパイプも築いた。冬ともなれば、今や鹿や熊など5~6種のジビエが届く。移転から8年目を迎え、片山さんは「やっと『心根』の”山の料理”が形になってきました」と顔をほころばせる。

移転前は、中東さんの真似ばかりしていました(笑)。中東さんがお越しになられた時、「教えていただいた料理です」とお出ししたら、「これはもう君の料理や」と窘(たしな)められて。「真似してもらうのは光栄なことなんや。でも、作り続けていくうちに、自分のものになっていく。料理とはそういうものや」と仰られた。僕は料亭や割烹での修業経験はないので、多くの方々から学ぼうと思ってやってきたんですが、山に来て、ゼロから自分の料理を考えられるようになりました。

「心根」の「鯉の花籠仕立て」
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「鯉の花籠仕立て」は、皿の上の要素が多彩だ。塩とワサビで和えた昆布〆の鯉。ウロコ揚げが香ばしさを添えている。敷地内やすぐそばで摘む山野草は、生のまま盛ったり、揚げたり。ほろ苦さと野趣の重なりが楽しい。醤油代わりは、女将手製の醤油麹。柑橘のゲンコウの酸味が爽やかに香る。ひと際、存在感を放つのは、鮒(ふな)ずしの飯(いい)の自家製柴漬け和え。発酵の鮮烈な酸味と野性味で意表を突く。五味+αの多重奏は、片山さんの真骨頂だ。

「心根」の「鯉の花籠仕立て」の山菜
「鯉の花籠仕立て」の山菜。左上から、オランダガラシ、フキノトウ、ハコベ、その下が爽やかな酸味のスイバ。手前がノビル。すべて近所で摘んだものだ。
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「心根」の敷地内に芽吹いたオランダガラシ
「鯉の花籠仕立て」の山菜。左上から、オランダガラシ、フキノトウ、ハコベ、その下が爽やかな酸味のスイバ。手前がノビル。すべて近所で摘んだものだ。
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「心根」の「鯉の花籠仕立て」の山菜
近くの丘の上で摘んだのは、フキノトウとノビル。
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個性のあるものを重ねて、新しいおいしさを生み出す仕立てが好きなんですよ。鯉のお造りには、摘みたての野趣ある山野草がよく合うんです。オランダガラシは、葉をそのまま盛って、根は素揚げ。フキノトウの葉は天ぷら、ノビルは辛味大根の鬼おろして和えています。そこに、醤油麹や柑橘、鮒ずしの飯の柴漬け和えなどを添えると、食べながらいろんな変化が楽しめるでしょう。それが僕らしい料理なのかな、と思います。

『心根』に向かう道中で目にするのは、日本の原風景だ。古民家が佇む山里には、町中では感じることのない二十四節気の移ろいがある。その中に身を置いてこそ、片山さんの“山の料理”は味わい深い。山野草を喰んで、芽吹きの生命力をいただく。鯉の造りは清流の味だ。「春分」から「清明」へ。花籠のうつわの中には“春の口福”が笑んでいる。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。