白いハムの未来──芦屋『METZGEREI KUSUDA』の「ジャンボンブラン」

シャルキュトリーはフランス語で食肉加工品の意。ドイツでは専門店をMETZGEREI (メツゲライ)と呼びます。両国での修業を経て、楠田裕彦さんが開いた『METZGEREI KUSUDA』。大きなショーケースには、20余年、変わらず白いハム・ジャンボンブランがあります。その原料となる豚のこと、シャルキュティエという仕事への想いを、楠田さんが改めて語ります。

シャルキュトリーという豊かな食文化

関西のシャルキュトリーは『METZGEREI KUSUDA』から始まった。2004年に六甲道に店を構えた4年後、イートイン併設のデリカテッセンを芦屋にオープン。大きなショーケースにはソーセージにハム、ベーコン、テリーヌなどが約60種。総菜と、時に手作りの菓子も並ぶ。その圧巻の光景から、食肉加工品のおいしさだけでなく、メツゲライという食文化の豊かさも届けたいという楠田裕彦さんの想いが伝わってくる。

僕が修業したドイツのメツゲライでは、たくさんの食肉加工品と、サラダなどの総菜、お菓子も手作りして並べていました。そのワクワクするような光景を日本に届けたい、というのが僕の原点。ハムもソーセージも割高ですが、価値を分かって買いに来る人が朝早くから並んでいて。生活の一部になっているんです。この道に進んだのは、高校生の時、父が持っていたヨーロッパのシャルキュトリーの資料を見て、世界観に魅せられたからなんです。ここに行きたい!という強い想いに駆られて、1996年に渡欧しました。

芦屋『METZGEREI KUSUDA』のショーケース
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楠田さんの父はハム職人だった。幼い頃から腸詰めや燻製などを手伝っていたというから、食肉加工はまさにライフワークだ。ドイツとフランスで技術を学んで帰国した楠田さんは、父が営む『クスダハム工房』の工場長に。独立までの4年間は、国産の豚と向き合う日々だったという。

ヨーロッパの豚は野性味が強い赤身が主体。日本の豚は比較的淡泊で、脂のおいしさを重視しています。現地で学んだ技術に、国産豚の持ち味を生かす工夫を加えて、僕らしいシャルキュトリーを作りたいと思って今日までやってきました。ここ10年は“日本のテロワール”をより意識するようになって。ジビエや旬の果菜、柚子胡椒などの調味料と、シャルキュトリーに活用できる国産食材はたくさんあります。ですが…最も重要な原材料の豚肉は、今、危機的状況なんです。

芦屋『METZGEREI KUSUDA』のソーセージ
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日本の畜産は危機に瀕している

ハムやソーセージの他にも美しいデザインのパテやテリーヌなど、楠田さんが手掛けてきたシャルキュトリーは数多ある。32歳で独立して20余年。フランス国内の最優秀シャルキュティエ(肉食加工品職人)を決める大会に特別招待選手として出場するなど、刺激的な40代を過ごし、様々な食材や技術も積極的に取り入れてきた。独自性を磨くため、「いろんなものに飛びついた」時代を経て、今は50代。シャルキュトリーとの向き合い方も変わってきたという。

日本の養豚業の状況は本当に深刻なんです。もう何人の養豚農家が業界から去っていくのを見送ってきたか…。特にコロナ禍の打撃が大きかったんですよ。2000頭以下の中小規模の農家は淘汰されつつあります。食肉加工者として、そんな状況とどう向き合っていくか。ここ数年、真剣に考えているのですが、一人でやれることには限界があるんですよね。

「METZGEREI KUSUDA」楠田裕彦さん
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畜産にはエネルギー代も飼料も必要だ。そのすべてが高騰する中、高齢化した生産者が離農し続けている。ロースやバラに注文が集中し、余る部位も多い。困り果てた多くの生産者の声を、楠田さんは耳にしてきた。

生産者を訪ねると、豚を慈しんで育てていることが分かるんですよ。そういう豚は、顔の肉も内臓もとてもキレイです。僕は消費を増やして、価値を上げることが大事だと思っていて。仲間のシェフを紹介したりもしてきたのですが、現状はそう簡単には変わりません。シャルキュトリーは、ロースやバラはハムやベーコンに、余った肉や内臓まで活用するものですから、日本の畜産を支えるために、生産者と一緒になって、すべての部位を使うという意識も高めていけたらと思っています。

「METZGEREI KUSUDA」の外観
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80代になっても肉食加工品職人でいたい

例えば、精肉の切れ端をミンチにするとソーセージができる。顔の肉はフロマージュ・ド・テット、内臓はテリーヌになる。「ショーケースに並ぶすべての食肉加工品に思い入れがあります」と楠田さんは言う。その中に、ひと際存在感を放つ大きな塊がある。修業時代から30年もの間作り続けているフランス風の白いハム、ジャンボンブランだ。

「METZGEREI KUSUDA」のジャンボンブラン塩漬け
1本10キロ近くあるモモ肉を丁寧にトリミングし、ソミュール液(ハーブや糖類などを用途によって加えた塩水)に1週間から10日浸ける。
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「METZGEREI KUSUDA」の「ジャンボンブラン」
熟成の具合を見極めながら引き上げて成形し、火入れして、1~2日寝かせてショーケースへ。
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青森『長谷川自然牧場』の自然熟成豚や山形の米沢豚、鹿児島の黒豚などを主として使わせていただいています。どれも肉質と脂のバランスがいい豚ですが、それぞれ個性があって、個体差もあるし、塩の入り方や熟成の進み方まで一つとして同じものはない。僕は、豚肉それぞれのポテンシャルを最大限に引き上げて、風味や旨みを高めたいと思っているのですが、やればやるほど奥が深いんですよ。

今回のジャンボンブランは米沢豚だ。注文ごとにスライスしてくれるのは、専門店ならでは。その切りたてのしっとりとなめらかなテクスチャーにうっとりする。スモークをかけないハムゆえ、凝縮感の中にピュアな味わいを感じる。噛むごとに口の中に広がるのは、熟成による豊かな香り。旨みの余韻が長く、そして力強い。100g970円。そこには価格以上の価値があると私は思う。

「METZGEREI KUSUDA」の「ジャンボンブラン」のスライス
ジャンボンブランは量り売り。注文は入口の伝票に商品と量を記入してスタッフに渡すシステム。
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シャルキュトリーは確かにある程度は浸透したと思います。でも、シャルキュティエという職業はまだまだ知られていない。若者に選ばれる職業にしていくためにも、後進を育成していかないと。作り手が増えれば、加工品も増えるでしょう。豚肉を買って、使って、売り続けて、価値を上げていくことが、日本の畜産の支えになると思うので。僕は不器用ですから、これしかできない。でも、この仕事が好きなので、80代になっても肉食加工品職人でいたいと思っています。

楠田さんは2024年、東京に出店を決めた。シャルキュティエ育成の一助になればと、10年かけて作った教本を今年、出版する予定だという。“続けるためのアクション”は、楠田さんの覚悟だ。いつまでも『METZGEREI KUSUDA』のショーケースに、国産豚の加工品が並びますように──。そう願わずにいられないほどに、切りたてのジャンボンブランの味わいは格別だった。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。