淀川の天然鰻、食べ比べ──大阪・北新地の割烹『味菜』の「鰻の二色棒寿司」

淀川で天然鰻が獲れることをご存知でしょうか? 水質が改善された2000年代から「淀川天然うなぎ」としてブランド化。その立役者の一人が、北新地の割烹『味菜(あじさい)』店主の阪本 晋(すすむ)さんです。筍の時季の名物は、白焼きと蒲焼きの食べ比べが楽しめる「鰻の二色棒寿司」。72歳のいぶし銀の仕事を、ぜひカウンターでお楽しみあれ!

二色の棒寿司、大阪づくし

「大将、何か花見に持っていけるようなもん作ってくれへん?」。常連の要望に応えて、北新地の割烹『味菜』店主の坂本 晋さんが仕立てたのは「鰻の二色棒寿司」。一つは、淡口醤油のタレを塗り焼いた白焼きを、おろしワサビで。もう一つは、蒲焼きに三ツ葉と実山椒の醤油煮を芯にして筍で巻いた変わり寿司。これが評判を呼び、『味菜』春の名物となって久しい。

筍は4月になったら泉州の水間(みずま)や木積(こつみ)の朝掘りがようやく出てきます。こっちの筍はちょっと遅いんですよ。うちは大阪の割烹ですから、できるだけ地物を使いたいと思っていて。実は、この鰻は淀川で獲れたもの。天然ですからね、食感も風味も格別ですよ。

淀川の天然鰻
淀川の天然鰻(画像提供:笹井良隆)。
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白焼きの棒寿司を味わうと、カリッからのブルンッ。皮の強靭な弾力に目を瞠る。肉厚の身を噛むごとに脂の旨みがじんわりと広がり、力強い風味をダイレクトに感じる。一方、蒲焼きは、タレと相まって鰻の野太い旨みが際立っている。シャクッとした筍の歯触りが心地よく、その春の香りと共にプンッと鼻に抜けるのは実山椒の芳香。定番の取合せではないのに、どこか親しみがあって、問答無用に旨い。これぞ、大阪の食い味だ。

筍は新鮮なうちに糠(ぬか)で湯がいただけ。水洗いはするけど、持ち味が抜けるから、さらしたりはしません。淀川の鰻は獲れる量が安定しないので、届いたその日に白焼きと蒲焼きにして冷凍保存しておきます。凝ったこともたまにはするけれど、うちは割烹ですから、素材の味わいを真っすぐに生かしたい。その持ち味を引き出すために、少し手を加えるような仕事が好きなんですよ。

淀川鰻の白焼きと蒲焼き
左の白焼きは、淡口醤油と酒・砂糖のタレを塗り焼く。右は蒲焼き。濃口醤油をベースにたまり醤油やザラメなどを合わせたタレで。
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淀川鰻の筍巻き棒寿司
蒲焼きの鰻は棒状に切り、三ツ葉と実山椒の醤油漬けと巻き寿司に。海苔の代わりに桂むきにした筍を使う発想が独創的だ。
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「淀川天然うなぎ」ブランド化の立役者

坂本さんは岐阜の飛騨高山で生まれ育った。下呂温泉の老舗料理旅館で修業し、20歳で大阪へ。北新地の名割烹『神田川』で8年間腕を磨き、『味菜』を開店。激戦区の北新地で40年以上もカウンターに立ち続けている。

山育ちだから、海の幸への憧れがあってね。魚介をウリにした割烹をやろうと思って、修業時代から中央市場に通い続けてきました。当時はまだ市場に出入りする料理人が少なくてね。いいものを手に入れるために必死でしたよ。しばらく経った頃、なにわの伝統野菜のウワサを聞いて。河内長野や河南(かなん)町まで買いに行きました。その頃から大阪の地物を意識するようになって。淀川の幸を扱うようになったのは2000年代。鰻が獲れることは知ってたんですよ。『神田川』時代、一度だけ淀川で釣ったことがあったんでね(笑)。

「味菜」坂本 晋さん
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淀川で鰻が獲れるとは! かつての淀川を知る大阪人には、にわかに信じがたい話だろうけれど…。江戸時代から好漁場として知られ、今でも伝統漁が行われている。数十本の樒(しきみ)の枝で作った仕掛けを使う漁法も健在で、ベテランの漁師曰く「水がきれいになって、いいエビを食べてるから、旨いんやで」。「淀川産天然うなぎ」は、今や料理屋の間で取り合いになるほどのブランド食材なのだ。

淀川は淡水魚の宝庫なんですよ。特に河口域は鰻にハゼ、手長エビ、シジミ…と、いろんな魚介が獲れる。鮎も泳いでるくらいだから、水はきれいなんですよ。けど、淀川のイメージはなかなか払拭されなくてねぇ。せっかくの大阪もんですからね。何とか価値を上げようと「鰻茶」を作って、東京で開催された全国の産品の展示会に持って行ったこともありました。2014年にテレビ番組に取り上げられて少し認知度が上がったけど…。まだまだ大阪でも知られていないですよね。

淀川のしきみ漁
鰻の漁法の一つで、昔から淀川で行われてきた樒漁。樒の枝を束ねて川底に沈めると、鰻がその中に入り込む(画像提供:笹井良隆)。
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大阪が誇る、70代の“やさしい”割烹

72歳の店主がカウンターに立つ北新地の割烹。いかにも敷居が高そうだけど、『味菜』は割烹ビギナーにもお勧めしたい一軒だ。広い小上がりもあって、夜の会席は11000円からと良心的。少人数ならば、ぜひカウンターで単品を。飲んで食べて15000円前後を目安に予算を伝えれば、柔和な坂本さんが旬の旨いもんを見繕ってくれる。

大阪は伝統野菜だけでなく、地物の野菜も豊富でね。大阪湾ではいい魚介が揚がります。これからの時季ならアコウ。魚体の立派なもんは「魚庭(なにわ)あこう」としてブランド化されているんですよ。淀川の鰻だけでなく、そういう大阪のいい食材を若い人たちにも知ってほしい。実はね、淀川の天然鰻はよそに比べてリーズナブル。「鰻の二色棒寿司」を食べたいとリクエストしてくれたら、ご予算の中で充分お出しできますよ。

「味菜」のカウンター席
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坂本さんは大らかなお人柄で、語り口も穏やか。大阪の割烹らしく、笑いも交えてもてなしてくれる。私は坂本さんの食材語りが大好きで、カウンターでいろんな話を聞かせていただいた。「昔は大阪湾で真イワシがたくさん揚がってね。“金太郎イワシ”と称されるほど丸々太った上物だったけど、高値が付くから東京に取られてしまって。地元ではなかなか手に入らなくなりましたわ」。坂本さんが大阪の地物を大切にする背景には、こんな現状もある。

「淀川天然うなぎ」を筆頭に、淀川のシジミやハゼなんかもね、そのおいしさをまずは地元の人に伝えないと。割烹の料理人は、地物をご紹介して、その味を広める役目も担っていると思うんですよ。漁協や料理人仲間と協力して大阪もんを地元にしっかりと根付かせたら、今度は東京に取られないように(笑)、守っていかないとね。大阪で食べてこそ「淀川天然うなぎ」はおいしいと思ってもらえるように、まだまだ頑張りますよ。

「味菜」の「鰻の二色棒寿司」
「鰻の二色棒寿司」は2カンずつの盛合せで2750円。
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「淀川天然うなぎ」デビューをするなら、ぜひ、『味菜』のカウンターで。この二色棒寿司は、坂本さんのレパートリーのほんの一部。季節に応じて、あの手この手で楽しませてくれる。割烹の醍醐味をしかと堪能した帰り道に眺める大川は美しい。その流れは、淀川に繋がっている。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。