春を纏った“粉”──大阪『アッラゴッチャ』の「貝とアスパラのカヴァテッリ」

「パスタは一番分かりやすいイタリアの食文化だから」。大阪・本町の『アッラゴッチャ』のディナーコースでは、手打ちと乾麺、ショートとロングなど、必ず2種のパスタが楽しめます。今回、北村 仁シェフが選んだワンデッシュは、春の風味豊かな手打ちのカヴァテッリ。“粉の味が主役”という北村シェフ流のパスタの奥義に迫ります。

具材はソースの一部という位置付け

フライパンにはオリーブ油と、軽く潰したニンニクが2片。芳しい香りが立ち上がると、ハマグリとアサリを加え、水を注ぎ入れて蒸し煮にし、口を開く。お! でかっ!と思わず声が出るほど、アサリの身が充実している。殻と身がほぼ同サイズだ。

ハマグリとアサリの蒸し煮
10

うちは兵庫の相生(あいおい)の牡蛎を使っているのですが、その生産者が送ってくれたアサリで。殻が薄くて、身がむっちり詰まっているんですよ。ハマグリは、ヒモも含めた身を丸ごと味わってほしかったので、中サイズを選んでいます。大きすぎると、パスタと一緒に食べるためにはカットしないといけないでしょう。それがもったいなくて。白ワインではなく、水で蒸し煮にするのは、貝のピュアな旨みを生かしたいから。貝は口が開いた瞬間がおいしいので、すぐさま取り出します。

貝の旨みが出たその汁に、生のままアスパラガスとトマトを投入。下茹でも、湯むきもなしだ。そのタイミングで、北村 仁シェフは、手打ちのカヴァテッリを茹で始めた。

10

僕はアスパラの青甘い風味が好きなので、塩茹でせずに生のまま入れて、ソースに旨みを移したいんですよ。トマトは形が残るか、残らないかくらいに、くたくたに煮ます。でも、トマト味にしたいワケではなくて。ソースの骨格を作る役目。つなぎ役ですね。あくまで主役はパスタなので、具材もソースの一部という位置付けなんですよ。

パスタは“火を通した粉”を楽しむ料理

茹で汁でソースの塩気と濃度を調整したら、カヴァテッリを加え、パパッと和えて完成。かと思いきや、なんとしっかりと煮込むではないか。途中でイタリアンパセリを加え、ぷっくりとしたハマグリとアサリのむき身を。バットに残った蒸し汁も、大事なソースの一部。仕上げのオリーブ油をしっかりと絡めて器に盛り、香草パン粉をかけて完成だ。

「アッラゴッチャ」のパスタの手順
10

パスタはアルデンテが大事と言いますが、カヴァテッリは少し長く茹でた方がいい。中までしっかり熱を入れあげないと、食べている間に温度が下がって団子っぽくなるので(笑)。僕は、パスタを“火が通った粉”を楽しむ料理だと思っていて。主役はあくまで粉の旨み。パスタを食べることでソースを味わってほしいので、しっかりと味を含ませていきます。ソースだけを煮詰めると、重たさが出て、食べ疲れするんですよね。塩もかなり控えめにして、素材から出るクリアな旨みを生かしたいんですよ。

「アッラゴッチャ」の貝とアスパラのカヴァテッリの仕上げ
10

もちっとしたカヴァテッリを、もぐもぐと食べる。ソースがしゅんでいて、粉の旨みもしかと感じられる。噛むごとに口の中にふわりと広がるのは、サフランの香りだ。ぷくっとしたアサリと、一口大のハマグリを噛めば、じゅわっと濃厚な海のエキスが溢れ出す。アスパラの青さと、フレッシュトマトの甘やかな風味。それらが一体となって、クリアな旨みを創出している。

カヴァテッリは南イタリアのパスタなので、サフランが合うかなと思って練り込んでいるんですよ。パスタって面白い料理で、微妙なバランスの上に成り立っている。一口目から旨い!という味は狙っていなくて、食べながら、また次の一口が欲しくなる。そんなイメージで仕上げています。僕はシンプルで、優しくて、滋味深いイタリアのスローフードが好きなんですよ。ガツンッとしたおいしさより、しみじみとした味わいが僕らしいのかな、と思います。

大阪『アッラゴッチャ』のカヴァテッリ
サフラン風味の手打ちカヴァテッリ。イタリア語で「カヴァーレ」は掘る、または、くぼみを付けるという意味。小さなホットドックのような形が愛らしく、もちもちっとした食感が特徴的だ。
10

ワインを欲する余韻のあるイタリアン

北村シェフは、箕面で生まれ、調理師免許を持つ母の“化学調味料を使わない”家庭料理で育った。小さい頃からチャーハンを自分で作るほど料理に慣れ親しみ、「パスタも好きだし」イタリアンの道へ。2000年代の大阪イタリアン界を席巻した今はなき『マーブルトレ』グループで14年、そのうち5年は『アリアラスカ マーブルトレ』の料理長を務めた。本町に『アッラゴッチャ』を開店したのは、2016年のことだ。

「アッラゴッチャ」の外観と内観
10

『マーブルトレ』がアラカルトのイタリアンだったので、当時は多くの先輩方がそのスタイルを継承していて。僕は最後のシェフだったので、ちょっと違う方向に行こうかな…と思って、初めからコース一本に。イタリアでの修業経験がないので、どこかの郷土料理に注力することもなくて。郷土の縛りを外して考えると、組合せが自由になるんですよ。でも、イタリア人が嫌がることはしたくない(笑)。僕のフィルターを通して、日本の旬の食材を使って季節感のあるイタリアンに、というのがうちのコンセプトです。

旬の食材に合わせて、月に何度か訪れる常連のために、『アッラゴッチャ』のディナーコースは月替わりではなく、柔軟に献立を変える。始まりの一品から3品続く前菜は野菜と魚介の組合せが主流。ショートとロングのパスタを一品ずつ。メインデッシュは3種から選べるスタイルだ。特筆すべきは、20席という規模ながら、ソムリエとパティシエがいること。北村シェフは「ワインと合わせるイメージで料理を仕立てる」というから、ペアリングでぜひ楽しみたい。

「アッラゴッチャ」の北村シェフ
10

うちのコースは全体的に塩気が優しいと思います。味付けというより、それぞれの素材の旨みを引き立たせるために塩を使うイメージで。ですから、塩気でワインを飲ませるというより、だしというか、素材の旨みと合わせてほしい。貝のだしって、しみじみおいしいじゃないですか。イタリアでいろいろ食べ歩いたけれど、魚介の鮮度は日本がずば抜けている。その持ち味を率直に引き出して、ワインが欲しくなる余韻のあるイタリアンを作りたいんですよ。

イタリアの感覚を身体に染み込ませるような現地での修業経験を持たないことも、また個性。旬の食材を調和させて旨みを高め合い、粉の力を漲らせるカヴァテッリは、どこか日本人の琴線に触れる味わいだった。そう伝えると、北村シェフが破顔して一言。「その旨みの余韻を、キリッと冷えた白で流してくれたら最高です」。

「amakaraレストランセレクション One Dish! -名店の一皿-」その他の記事

名店の料理人がこれぞ!と選んだ「どこにもないその店だけの一皿」の美味しいハナシが読める!!

詳しくはこちら

writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。