114℃6時間の快味──大阪・東天満『日本料理 雲鶴』の「小鯛の野崎焼き」

尾が反り上がった小鯛を両手で持って、たい焼きよろしく頭からガブリ。ザクザクのウロコと、しっとりした身のコントラストが痛快です。「小鯛の野崎焼き」は、大阪・東天満の『日本料理 雲鶴(うんかく)』のシグネチャーディッシュ。114℃で6時間ほど油煮にしてから、焼き台で20分。店主・島村雅晴さんが突き詰める“調理の意味”とは。

日本料理の稀有なスペシャリテ

大阪・東天満の『日本料理 雲鶴』には、通年供するスペシャリテがある。これは、とても稀有なことだ。日本料理は、旬の食材を使い、季節の移ろいを映すもの。毎月のように料理が変わるため、一品の記憶が残りにくい。そのハードルをふわりと超えた名作が「小鯛の野崎焼き」だ。店主の島村雅晴さんは、このワンディッシュをいかにして生み出したのだろう。

きっかけは「鮎のコンフィ」です。塩焼きでは面白くないので、油で長時間煮て頭から丸ごと味わっていただこうと考えたのですが、鮎ではそれほど驚きのある一品にはならなくて。もっと骨が硬いイメージの鯛でやった方が面白いかなと。大阪人好みの魚ですし、小鯛であっても骨ごと食べられる焼き物はまず見たことがないでしょうから。インパクトがあるなと思って(笑)。

『日本料理 雲鶴』店主・島村雅晴さん
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小鯛は100g前後を選ぶ。丸ごと齧り付きやすく、1人前の焼き物としても、ちょうどいいサイズだ。編み物のかぎ針で腸を引っ掛けて出し、軽く塩をして1時間。深いバットに並べて菜種油をひたひたに入れ、114℃で6時間ほど油煮にするのだが、ん?と思ったことが2つ。男性なのに編み物のかぎ針を使うなんて、よく思い付いたなぁと。そして、なぜ、菜種油を?

「小鯛の野崎焼き」の下処理
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こう見えて私は何でも試してみたい気性で(笑)。幼少期に編み物をやったことがあったので、すぐに閃きました。和歌山育ちで釣りも好きだったし、わりと広い庭があったので池を作って鯉を泳がしてみたり。ちなみに、この塩にも思い出があって。小学生の頃、初めてお小遣いで買ったのが、オーストラリアのシャーク湾に群生するストロマトライト化石。そのシャークベイソルトを使っています。環境に優しい製法で作られたサスティナブルな塩で、少量でもパンチのある塩味を付けることができるんですよ。

料理名は大阪の菜種油の産地から

物静かで、控えめな印象の島村さんだが、その実、好奇心旺盛でアグレッシブ。物心ついた時からフィールドワークが好きで、科学者と料理人のどちらの白衣を着る人生を選ぶか迷ったと笑う。懐石料理店での修業時代も、総合科学ジャーナル「ネイチャー」を筆頭に、様々な分野の本を乱読。現在は、持続可能な食を目指す会社を仲間と運営し、培養肉ベンチャーも立ち上げて……。と、すっかり脱線してしまったが、もう一つの質問の答えを聞かねば。して、「小鯛の野崎焼き」に菜種油を使った理由は?

「小鯛の野崎焼き」の手順
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菜種油はオレイン酸が豊富で、熱に強く酸化しにくい。長時間の加熱に向いているというのもありますが、大阪にゆかりの深い油というのが一番の理由です。かつて大阪は菜種油の一大産地でした。「野崎観音」がある大東市周辺には菜種(菜の花)畑が広がっていて、その様子は落語や浄瑠璃にも描かれています。そんな背景から、この料理を「野崎焼き」と名付けました。

「小鯛の菜種焼き」の油煮
114℃で6時間油煮にし、一晩、冷蔵庫で身を締めるとこの状態に。
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「小鯛の野崎焼き」を焼く
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硬い目玉と耳石(じせき)を取り除いたら、焼き台で20分。油を落としながらカリカリに焼き上げて完成…だったのは、数年前まで。『日本料理 雲鶴』は2005年に淀屋橋の伏見町でオープンし、2012年に現在の地に移転した。「小鯛の野崎焼き」が定番の焼き物となったのは、2010年頃。私が初めて食べたのもちょうどその頃だが、今とは姿も味も違っていた。

もう少し立体感が欲しいなと思って、数年前から、網の型を使って焼き上げるようにしました。味付けは最初に振った塩だけなので、何かもう少し風味を加えてもいいかなと思って、桜エビの塩辛を仕上げに塗ってお出ししています。桜エビの香りには華があるので、香ばしさがより際立つんですよ。

「小鯛の野崎焼き」の仕上げ
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美味しさの最適解を突き詰める

「小鯛の野崎焼き」は「たい焼きのように両手で持って齧り付いてください」という一言と共に供される。初めてならば、さぞ驚くことだろう。ガブッといくと、ザクザクのウロコの食感が小気味よく、身は想像以上にふわっとしている。硬いはずの頭はカリッカリで、中骨は…ん?あったっけ?というくらい、柔らかい身と同化している。何度食べても、この意外性にハマってしまう。そして、誰かに教えずにはいられない。

「小鯛の野崎焼き」を齧る
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名物料理を作ろうと思って始めたワケではないのですが、お客様の反響がすごく良くて。「あれを食べさせたいから」と、連れ立って来店してくださることが増えて、気がついたらシグネチャーディッシュになっていました。小鯛は通年取れるので、季節を問わずお出しできるのが大きかったですね。100gサイズのものを発注し続けたことで、今では安定して入荷できるようになりました。

頭も骨も柔らかく、身はしっとりと油煮しながらも、油っこくなく仕上げるために、10数年前の島村さんは、さぞや試行錯誤をしたことだろう。114℃で6時間という加熱条件がそれを物語っている。随分前の取材では、日本料理をベースにしつつ、各国料理の要素も取り入れてイノベーティブ的なコースを作りたいと島村さんは話していた。けれど、『雲鶴』の現在地はそれとは随分違って、真っ当さを感じさせる端正な料理で構成されている。

大阪「日本料理 雲鶴」の店内
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独立当初は分子ガストロノミーが流行ってましたし、調理科学の知識を駆使して、いろいろな実験もしました。その中で、斬新な料理を生み出すよりも、一つ一つの調理の意味を分析すること方が大事だと気がついて。食材の切り方も、塩を振るタイミングも、すべての調理に美味しくするための最適解がある。日本料理の伝統に科学的な根拠を持たせ、見た目には分からなくても一段深いところで調理を突き詰めていきたい。それが私の現在地です。

前述の通り、島村さんは2つの会社を運営している。未利用魚のアイゴ養殖に取り組み、未来の食の選択肢に培養肉を加えるための研究にも注力。けれど、軸足は常に『日本料理 雲鶴』にある。食の課題解決に、あくまで料理人として向き合うために。島村さんの視野は驚くほど広い。けれど、その視線は真っ直ぐに“美味しさ”を見据えている。

大阪「日本料理 雲鶴」外観
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「amakaraレストランセレクション One Dish! -名店の一皿-」その他の記事

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。

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