古き佳き大阪の味──大阪・南森町『なにわ料理 有』の「麦わら蛸の小倉煮」

北新地の名割烹『㐂川 有尾』から『なにわ料理 有(ゆう)』へ。35年以上もの間、店主の古池秀人さんは一品料理を貫いてきました。師匠が引退した年齢と同じ57歳となった2025年2月、コース1本の割烹へと大転換。6月の煮物は、出始めの麦わらダコを小豆と共に煮含めた「小倉煮」。大阪らしい古い仕事がコースに華と格を添えています。

北新地の“割烹の華”を受け継いで

『㐂川 有尾』は北新地らしい華と格のある割烹だった。長いカウンターに、テーブル席も充実していて、広い空間には活気が満ちていた。カウンターを率いる大将・有尾克彦さんの立ち姿の恰好よかったこと。その傍らにはいつも二番手の古池秀人さんの姿があった。

私は堺出身ですが、中学の頃に父の転勤で東京に行きました。新宿の割烹でバイトを始めて、その大将に憧れて料理人になろうと決めたんですよ。京都の『瓢正』(現在は『古都人』)をご紹介いただき、16歳から5年弱お世話になって、料理人としての礼節を叩き込まれました。『㐂川 有尾』に入ったのは20歳。焼き場も煮方の経験もないままに、初日からいきなりカウンターに立つことになったんですよ。

『なにわ料理 有』古池秀人さん
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誠実なお人柄に謹直さがにじみ出る古池さんだが、高校時代は「やんちゃしてました」と笑う。見かねた父が見つけてきた皿洗いのアルバイトが、割烹一筋の人生の幕開けだったとは意外なエピソードだ。京都時代はほぼ見習いで、料理人として遅れをとっているのでは、と焦っていたという。そんな中で、いきなりのカウンターデビュー。1日3回転もする大繁盛店『㐂川 有尾』での怒涛の日々が始まった。

大阪の割烹はスピード感が違うんですよ。毎日ついていくのが必死で。師匠は『㐂川』の出身でしたから洋食も取り入れて、80種類以上の一品料理を揃えていました。それが私にはとても斬新で。気が付いたら28歳で、二番手に。16年間、一緒にカウンターに立たせてもらって、44歳の時、師匠が引退することになって、『㐂川 有尾』を引き継がせていただきました。暖簾を守って7年目、35周年を迎えた2014年に独立し、南森町に『なにわ料理 有』を開店しました。

『なにわ料理 有』外観と店内
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一品料理からコースへ、57歳の大英断

古池さんは、生涯二番手でいいと腹をくくっていたという。二代目となり、「自分の色も出していきなさい」と師匠に言われても、頑なに一品料理の品書きを変えなかったのだそう。師匠が『㐂川』の暖簾を返すと決めたことをきっかけに移転・独立。屋号の「有」には、古池さんの師匠への尊敬と、『㐂川 有尾』という割烹への強い思慕が宿っている。

私の理想の割烹は『㐂川 有尾』ですから、そのスタイルを守るために『なにわ料理 有』を開きました。一品料理の品書きもそのまま踏襲して。変えようと思ったことは一度もなかったんですけどね。師匠が引退したのと同じ57歳になった時、ようやく新しいことに挑戦しようと思えたんです。ちょうど二番手の佐藤(淳二さん)が独立することになったので、一品料理をすべて彼に託して、私はコース1本で勝負しようと決意しました。


→佐藤さんの割烹『なにわ料理 さと有(う)』の記事はコチラ

茹でダコ
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2025年2月、『なにわ料理 有』はコースだけの割烹へと生まれ変わった。調理はワンオペながら、毎日、市場に行き、自分の目で旬の素材を見極め、日替わりでコースを仕立てる。「毎月、同じ献立でコースを作るというのができなくて。仕入れありきで、毎日品書きを考える。一品料理時代のクセが抜けないんですよ(笑)」。今回、古池さんが選んだワンデッシュの主役は、まさに今が旬の真ダコだ。

麦の収穫時期である6~8月は麦わらダコと呼びます。うちでは出始めに必ず小倉煮を作っていました。渋くて古い仕事ですけど(笑)、私はこういう一品が好きなんですよ。真夏になると、深みのあるこの味がちょっと重たく感じますからね。“祭りダコ”で知られる天神祭の時季は、ジュンサイと酢の物にしたり、小ダコをさっと煮にしたり。うちは“なにわ料理”ですから、初夏から夏には大阪人の大好物であるタコが欠かせないんですよ。

始末の心で仕立てる大阪の古き味

『なにわ料理 有』の「麦わら蛸の小倉煮」
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深みのある小豆色に染まった麦わらダコが艶めいている。こっくりと煮含めたタコは、歯がいらないほどに柔らかい。思わずため息が出る滋味深さ。大阪好みのまったりとした塩梅に、古池さんの円熟味が感じられる。こんな真っ当な小倉煮を味わえる日本料理店は、今、どのくらいあるのだろう。

ひとつかみの小豆で色出しして煮た「タコのやわらか煮」は、小豆を食べないでしょう。それは始末を大切にする大阪らしい料理とは言えないと思うんです。うちの「小倉煮」は煮汁すら無駄にせず、余さず煮含めてますから(笑)。そういう大阪らしい一品をコースにしてお出ししようと吹っ切れたのは、実は最近のことなんですよ。

小豆を煮る
「麦わら蛸の小倉煮」に使う岡山県早島の大納言小豆は「『有尾』時代の後輩が農家の息子で、自家製を送ってくれるんですよ」。一晩浸水して茹でこぼしてから、昆布と酒、水で30分ほど煮る。「アクを丁寧に取ること大事です」。年季の入った銅鍋は、廃業した和菓子屋が使っていたものだそう。
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タコの小倉煮
この日は徳島産だが「泉州沖の泉だこがあれば必ず使います」。柔らかくするため一度冷凍させ、小豆の煮汁に加えて1時間半ゆっくり煮る。淡口醤油とグラニュー糖で味を付け、一晩寝かせて味を含ませる。
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かつては80種の一品料理のために仕込みをしていたが、今はコースの10~12品のみ。時間も気持ちも余裕ができたのでは?と問えば、かぶりを振って古池さん。新しい料理に次々挑戦しながら、コースの難しさに直面し、1年以上も悩み続けてきたという。

一品料理をやっていると、常連さんの好みは知っていても、嫌いなものは注文されないので分からないんですよ。コースの献立を組み立てる時、いろいろ考えすぎてしまって、せっかくある引き出しの開ける場所を間違えていたなと。私のその日の”推し”を食べていただけるのがコースの魅力。例えば春の筍なら、奇をてらわず真っ当にワカメと煮て、「こんな旨い若竹煮、初めて食べたよ」と言われたい。藤川球児のストレートみたいに、来るぞと分かっていても唸らされてしまう。そんな王道の美味しい持ち球を投げ続けていきたいと思っています。

『なにわ料理 有』の「麦わら蛸の小倉煮」
コースは13200円のみ。「麦わら蛸の小倉煮」は一品料理時代よりもポーションを小さくして煮物の一つとして供す。麦わらダコにちなんで、仁清写しの麦わら手の蓋物で。
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今、『なにわ料理 有』のコースは、『㐂川 有尾』時代から作り続けている一品料理がベースになっている。「学んでいないものでお金をいただくのは違うと思って…」。生真面目な古池さんが1年以上悩んだ末に見出した一つの結論。「麦わら蛸の小倉煮」のような古き佳き大阪の味という“持ち球”を強みに、古池さんはコースの中で快投を続けていく。

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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。