“すっぴん”の滋味──大阪・豊能町『Le tonton』の「桃のスープ」
心も身体も癒される口開けの1杯
レストランの語源は「restaurer(レストレ)」。回復させるという意味のフランス語だ。18世紀のパリで、栄養満点のスープを売り出して人気を呼んだ店を「レストラン」と呼んだことが始まりだそう。大阪北部の豊能町にあるフレンチレストラン『Le tonton』のシグネチャーディッシュは、スープ。緑豊かな郊外の住宅街に佇む空気感もあいまって、身体の中から元気になるようなディナーを味わったのは、夏のとある夜だった。
暑い中、わざわざこんな郊外までお越しいただくのですから、まずはひと心地付いていただくために一品目にキンと冷やした「桃のスープ」をお出しします。僕の教え子のお母さんが和歌山で作っている桃を甘酒とミキサーにかけた、とてもシンプルな一品です。甘酒は、教え子が長崎の島原で醤油を作るのに使う麹を送ってもらって自家製しています。“飲む点滴”と呼ばれる甘酒の効果で、少しでも疲れを癒していただけたらと思って。
オーナーシェフの中田淑一さんは、32年の長きにわたって、「辻調理師専門学校」の西洋料理の教員を務めた。多くの卒業生たちと今でも親交が続いていると嬉しそうに笑う。柔和で、誠実なお人柄が、丁寧に紡ぐ言葉の一つ一つから伝わってくる。
さて、その「桃のスープ」。軽くシャーベット状になっていて、ナチュラルな桃の甘みと酸味に、甘酒のコクが重なり、なんとも癒される味だ。
カクテルグラスでお出しする口開けの1杯なので、一口、二口そのまま味わっていただいた後に、シャンパーニュを注ぎ入れて「ベリーニ」風に楽しんでいただくのもお薦めです。「辻調理師専門学校」の教授に、「イタリア・ベィネツィアの『ハリーズバー』で本場のベリーニを味わった経験があるのだから、ぜひお客様に提案してみたら?」とアドバイスいただいて。おかげさまで、とても好評なんですよ。
パリのビストロと出合い、調理師学校の教員に
中田シェフは穏やかな語り口とは裏腹に、アグレッシブな20〜30代を過ごした。フランス料理の道に進んだのは、流暢にフランス語を話す先輩への憧れから。大学で語学を修めるよりも、本場のフランス料理を学びたいと、入学金として父が用意してくれたお金を手に19歳で渡仏。1987年、今はなきパリの伝説的なビストロと運命の出合いを果たす。
『Chez la Vieille(シェ・ラ・ヴィエィユ)』の女性シェフ・Adrienne Biasin(アドリエンヌ・ビアザン)さんの料理に恋をしたんです。素朴な家庭料理でしたが、素材感にあふれていて。有名なシェフ達がこぞって通っていました。僕はバックパッカーみたいな格好でしたし、初めは入店が叶わなかったのですが、諦められずにいて。ある雨の日に店の前にカバンを置いたままトイレに行って帰ってきたら、アドリエンヌさんに「なんて不用心な!」と怒られて。でも、それがきっかけで、食べに行くだけでなく、お手伝いもさせてもらえるようになったんです。肝っ玉母さんみたいで厳しい方でしたけど、いろいろ教えていただきました。
中田シェフは、半年間、フランスでの濃密な時間を過ごして帰国。フランス料理を仕事にするべく、「辻調理師専門学校」に就職する。27〜28歳の1年半はフランス校も経験し、夢中で働き続けた。ところが、36歳で大病を患い、数ヶ月間をベッドの上で過ごしたという。
動脈瘤でした。食べられないって、すごいストレスなんですね。この時、食べることの本質と向き合って、僕の料理感はガラリと変わりました。それまではリッチで華やかなフランス料理を磨こうと必死でしたけど、何より命を授けてくれる素材をもっと知らなくては、と思ったんです。畑を手伝わせてもらったり、牛肉の産地を訪ねたり。生産者の方に「うちの素材で何か作って」と言われて、その場で料理したりして。そのご縁が、今は僕のベースになっています。
スープは「ありがとう」を伝える料理
36歳で大病をする数年前、こんなことがあった。実家に帰ると、年老いた父母が介護弁当を食べていたという。二人とも硬くて食べにくいものを除け、捨てるのは忍びないからと冷蔵庫へ。その容器が冷蔵庫にはいくつもあった。それを見た中田シェフは、残り物を使ってスープを作ろうと思い立つ。年老いた両親へスープを届ける日々は、お二人が逝去するまで、実に20年続いた。
初めの頃、僕は食べ手の気持ちを全然分かってなかったんですよ。動物性のうま味を加えて、美味しく作っていたつもりのスープを、ある時、母が「食べ疲れする」と言ったんです。それからは、野菜のだしをベースにして、旬の野菜や果物を中心に、素材感のあるスープを工夫して届けるようになりました。この「桃のスープ」は、寝たきりになって、目も開けることができなくなってしまった母が「桃の姿が目に浮かぶ」と言って、最後まで喜んで味わってくれたものなんです。
両親が終末期を送るため別々のホスピスに入ることになり、仕事との両立が難しくなった中田シェフは学校を辞した。「料理はしない」と別の仕事を探したそうだが、仲間や卒業生たちに背中を押され、レストラン開業を決意。2021年の年末、自宅の一部を改装し、『Le tonton』を開いた。設計から施工、内装の細部に至るまで、その仲間たちが総出で手伝ってくれたという。手作り感のあるシンプルな店内には、ほっこりとした温かみが満ちている。
実は、オープンから1カ月くらいは、華やかなフレンチをお出ししていたんですよ。でも、それは自分らしい料理ではなかった。19歳で恋をしたアドリエンヌさんのような素朴で滋味深いフレンチを作りたかったはずだと気がついて。お世話になった生産者や教え子たちからいただく素材を大事に、その持ち味を率直に引き出す“すっぴん”の料理でいこうと。ずっと作り続けてきたスープを軸にリスタートしました。メインディッシュの後にパンとスープをお出しして、今はアミューズもスープが多いですね。僕にとっては「ありがとう」を伝える大切な料理なんです。
「開店当初はプライドや欲が邪魔をしていた」と中田シェフは言う。それを取っ払ったのが、今のスタイルだと。始まりのスープで優しく胃を開き、前菜から魚、肉料理と続いた最後に、温かい一杯で幕を閉じる。その双(ふた)つのワンディッシュは、中田シェフの慈愛に満ちていて、命をいただく尊さをしみじみと教えてくれる。
data
- 店名
- Le tonton
- 住所
- 大阪府豊能郡豊能町ときわ台 1-5-7
- 電話番号
- 070-1361-6761
- 営業時間
- 12:00〜14:00、18:00~21:00
- 定休日
- 月・火曜
- 交通
- 能勢電鉄ときわ台駅から徒歩3分
- 席数
- カウンター8席
- メニュー
- おまかせコース12100円(ランチ・ディナー)、ランチコース7480円、ランチショートコース6050円。グラスワイン1100円。※サービス料10%別。
※スープは取り寄せも可能。https://www.letonton.com/page
- 公式サイト
- https://www.letonton.com
- https://www.instagram.com/le__tonton/

writer

中本 由美子
nakamoto yumiko
青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。
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