スペシャリテは不易流行──大阪・淀屋橋『プレスキル』の「郡上鮎のパイ包み 苦味と旨味」

「パイ包み焼きは、ずっと作り続けてきた僕のスペシャリテです」。大阪・淀屋橋のグランメゾン『プレスキル』の佐々木康二シェフが、偉大な師から受け継いだ伝統的なフランス料理。日本の食材で季節感を持たせながら一年中供するワンディッシュは、この時季、鮎が主役。“苦味と旨味”のソースに、現代の風が薫ります。

パイ包みはフランス料理の醍醐味

フレンチの世界では、今、パイ料理が注目を集めているという。15年ほど前からフランスで「パテ・クルート(パイ包みのパテ)」の大会が始まり、世界中の若手シェフが注力。2014年には日本人が初優勝を飾った。大阪・淀屋橋のグランメゾン『プレスキル』の佐々木康二シェフは、そんな潮流を嬉しそうに語りながら、どこか泰然と構えている。

素材をパイ生地で包んで間接的に火を入れる。パイ包み焼きは、フランスの美意識が詰まった伝統の仕事です。サクッとした生地と、しっとりと火入れした素材の食感のコントラスト。断面の美しさ。ソースの存在は不可欠なので、フランス料理の醍醐味を楽しめる一品だと言えますね。だからこそ、料理人としての総合力が求められます。

「プレスキル」の「岐阜県・長良川から届いた郡上鮎のパイ包み 苦味と旨味」。
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『プレスキル』では素材や仕立てを変え、一年を通してパイ包み焼きを供す。なかでも常連客が心待ちにするワンディッシュが、「岐阜県・長良川から届いた郡上鮎のパイ包み 苦味と旨味」。6月1日の鮎の解禁から9月上旬まで、コースの魚料理を彩る。

郡上鮎
清流・長良川で獲れる天然の「郡上鮎」。『プレスキル』には立派な大サイズが届く。
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「プレスキル」の郡上鮎のパイ包み焼き手順
三枚におろした鮎の身側に塩を打ち、皮目をバーナーで焼いて塩を振る。一口大に切り、鱧のすり身を重ね、実山椒を。パイ生地の上にすり身を敷き、3層に重ねる。
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「プレスキル」の郡上鮎のパイ包み焼き手順2
パイ生地で半月型に包み、縁を指で抑えながら切り込みを入れる。「スリッパの先という意味のショーソンという形です」。卵黄水を塗り、ピックで葉脈のような模様を描く。冷蔵庫で休ませては、卵黄水を塗る作業を3回繰り返した後、オーブンで15分焼き上げる。
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焼き上げた時に縁が立ち上がらなくなるので、パイの縁の切り口には卵黄水を塗りません。ピックで溝を入れるのは、見た目の美しさだけでなく、火の通りが均一になる利点も。細部に至るまで基礎が重要で、見様見真似ではできないものです。今は肉を使ったパテ・クルートが主流なので、魚が主役なのは珍しいとお客様に喜んでいただけるのですが、アラン・シャペル氏も、僕の師匠の上柿元 勝シェフも、魚介のパイ包み焼きが得意でした。僕がずっと作り続けてきた大切な料理です。

「プレスキル」の店内
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偉大な師のもとで刺激的な経験を積む

佐々木シェフがフレンチを志したのは、「辻調理師専門学校」時代。「ホテルオークラ東京」初代料理長の小野正吉シェフの特別授業を受けたことがきっかけとなった。その後、『オテル・ド・ミクニ』の三國清三シェフの著書に出合い、スタイリッシュで美しい料理に瞠目。地元・岡山のホテルに就職し、ルクセンブルグでも経験を積み、幸運にも上柿元シェフが料理長を務める「神戸ポートビアホテル」の『アラン・シャペル』に採用された。

入店してすぐにジョエル・ロブション氏とのコラボイベントがあって、国内外の錚々たるシェフにお会いできましたし、シャペル氏と厨房に立つチャンスにも恵まれました。3年後、氏が逝去され、上柿元ムッシュにお声がけいただいて、長崎「ハウステンボス」へ。ムッシュは人間力に溢れた方で、TVの取材もイベントも頻繁にあって、多くのシェフと交流できました。VIPのための特別なコースを作ることも多く、技術も発想も磨かれました。濃密で、刺激的な16年間でしたね。

『プレスキル』佐々木康二シェフ
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上柿元シェフの右腕として経験を積んだ佐々木シェフは、「ハウステンボス」のフレンチレストランの料理長になる。そんな中、師の勧めで、世界最高峰の料理コンクール「ボキューズ・ドール」に出場。アジア・パシフィック大会で優勝を果たす。2008年のことだ。

「ハウステンボス」から上柿元ムッシュが離れることになって。恩返しの意味もあって、コンクールに参加したんです。その翌年、神戸の『アラン・シャぺル』の料理長に。『トランテアン』として新装開店して軌道に乗るまで6年ほど勤めましたが、ちょうどホテルの過渡期で。“地産地消”が定着するずっと前から、シャペル氏も上柿元ムッシュも自国の素材を大切にしていたので、僕も産地を訪ねて、農家や漁師から直に食材を仕入れたり。伝統の中に新しい風を吹かせるのに必死でしたね。

現代のグランメゾン、不易流行のフレンチ

「プレスキル」のスタッフ
『プレスキル』のスタッフたち。シェフの左隣が支配人の彦坂幸治さん。
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2015年10月、『アラン・シャペル』時代から苦労を共にした彦坂幸治さんが支配人となり、『プレスキル』がオープン。佐々木シェフは48歳で人生初の街場のレストランの料理長となった。母体は、日本最古のワイナリーとして知られる山梨の『まるき葡萄酒』。大阪に待望のグランメゾン誕生!というニュースは、関西のフレンチ好きの間に瞬く間に広まった。

コンセプトは“現代のグランメゾン”。ホテルとは違う世界で非日常のフレンチを楽しんでいただこうと意気込んでいたのですが、ある方に「料理が面白くない」と言われて。当時の僕は、伝統と前衛の間で揺れていました。そんな時、ミシュランの調査員が来たのですが、掲載されなかったんです。それで逆に吹っ切れて。「やりたい料理をやろう!」と。今まで学んできた伝統のフレンチをベースに、和の食材を融合させて季節感を持たせ、モダンに仕立てる。不易流行。それが、僕の信条になりました。

「プレスキル」の「郡上鮎のパイ包み焼き」
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「郡上鮎のパイ包み」は、バターのリッチな香ばしさを纏って供される。ナイフを入れると、中からふわっと上る湯気。その瞬間、閉じ込められていた鮎の香りが解き放たれる。たっぷりとソースを絡めて一口。鮎のアラから取ったジュの旨みとワタの苦味が、クリーミーなソースに溶け込んでいて重奏的だ。その奥行きのある味わいの中に、現代的な軽さを感じる。

「プレスキル」の郡上鮎のパイ包み焼きのソース
オリーブ油にほんのりニンニクの香りを付け、エシャロットやマッシュルームを炒めて鮎のアラと内臓を加える。白ワインと魚のだし、ハーブを加えて15分煮出して濾す。生クリーム・アンチョビバター・無塩バター・レモン汁で仕上げる。
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フレンチの鮎料理というとコンフィが主流ですから、僕は得意のパイ包み焼きでスペシャリテを作ろうと思って。鮎には鮎のソースを。これはフランス料理の伝統的な考え方です。アラやワタの旨みを“煮詰める”ことで深める手法はクラシックですが、苦味を残しつつ、軽さを持たせるのは現代のテクニック。グランメゾンは非日常の贅という本質を守りながら、料理もサービスも表現を進化させていかないと。フランス料理の真髄を、グランメゾンという世界観の中で、次代に伝え続けていきたいと思っています。

『プレスキル』は2022年以降、ミシュランの星を獲得し続けている。伝統と前衛が融合した不易流行のフレンチ。グランメゾンという名のフランス料理店の総合芸術。どちらも今や希少になりつつあるが、その状況を佐々木シェフは「ブルーオーシャン(競争相手の少ない市場)」と表した。ポジティブな挑戦を続けるからこそ、『プレスキル』は現代のグランメゾンとして輝き続ける。よく晴れた日の、青い海のように。

「プレスキル」の個室
ショコラなどを販売していたショップの空間が、今年からゆったりとした個室に。12名までの利用が可能。
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writer

中本 由美子

nakamoto yumiko

青山学院大学を卒業し、料理と食の本を手掛ける東京の「旭屋出版」に入社。4年在籍した後、「あまから手帖」に憧れて関西へ。編集者として勤務し、フリーランスを経て、2010年から12年間、編集長を務める。21年、和食専門ウェブ・マガジン「和食の扉〜WA・TO・BI」を立ち上げ、25年に独立。フリーの食の編集者&記者に。産経新聞の夕刊にて「気さくな和食といいお酒」を連載中。

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