[食な人]『ミチノ・ル・トゥールビヨン』オーナーシェフ 道野 正さん

『ミチノ・ル・トゥールビヨン』 オーナーシェフ 道野 正さん
『料理人という生き方』道野 正
料理人という生き方
mars biblio/2160円
全国のミュージアムコンテンツを手掛けてきたマーズの出版プロジェクト「生き方ミュージアム」シリーズの第1号として、2018年5月発刊。同社社長は20年来の常連客。真俯瞰で撮り下ろした料理写真も美しく、スタイリッシュな装丁が話題。

あなたの勇気になりますよう──
料理人が贈る人生の応援歌

料理人の著作であり、料理の写真も載っているがレシピ本ではない。〝異端児と呼ばれたシェフの人生のレシピ〟なる副題は、誠に的を射ている。

著者は、本誌読者にはお馴染みであろう。28年間、関西フレンチ界の〝暴れん坊将軍〟として君臨してきた『ミチノ・ル・トゥールビヨン』の道野シェフだ。いや、奇抜、前衛、破天荒、そういうレッテルが、案外繊細なこのシェフを悩ませてきたことが、本書を読めばよく分かるから、不用意な修辞はやめるべきか。

本書は、書き下ろしに加え、10数年シェフが日々書きためてきたブログをベースにしている。「今回、ブログを読み返してビックリした。繰り返し〝愚痴ってる〟んや」。釣り、ゴルフ、酒、人には色んな発散の方法があるが、道野シェフには「書くこと」が鬱憤晴らしだったらしい。その根本には〝怒り〟があるのだという。「俺の料理、40年目にして一番完成度高い、はずなのに客が来ない! 混乱しながら作った昔の料理が今でも評価されてしまう! 俺は過去の人やない! それに。真面目にやってるのに儲かれへん!」。そう、これは美しい料理写真の随に、恥も外聞もかなぐり捨てて、愚痴と怒りと自惚れと弱さと、ロマンティシズムと哲学と…すべてさらけ出した私小説だ。母のこと、マダムのこと、早世した弟のこと。フランスの修業時代、マスコミにちやほやされた絶頂期、経営が破綻する危機まで。一編毎に起承転結があり、笑わされ、涙させられる物語なのだ。「オレは料理も起承転結を考えるからな…」。ちょっと褒めると得意になるチャーミングなキャラクターも、文章にしっかり表れている。

シェフは、時に素っ気ないほどシンプルな料理を出すことがある。例えば「この飾り気のまったくない料理は、ぼくのささやかな誇り、です」と本書に紹介される、豚肉と芋だけがコロコロと皿に置かれた「黒豚ロースと紫サツマイモ」。食べれば甘さ、酸味、塩分、香り、脂肪分が一口毎に連動して恐ろしいほど美しい旋律を奏で、食べ手を恍惚とさせる。それが、如何にロジカルに隙無く組み立てられているかが、3Dで図解されているのも興味深い。

嘘も衒いもない、還暦を過ぎて未だひた走る、格好付けない男の格好いい生き様は、同じ年代には無論、悩めるすべての人に勇気をくれる。


道野 正(みちの ただし)
1954年兵庫県尼崎市生まれ。同志社大学神学部卒業後、調理師の道へ。フランス三ツ星レストラン『ラ・コートドール』ほかで修業し、帰国後『シェ・ワダ』に勤務。1990年、大阪・豊中にて『ミチノ・ル・トゥールビヨン』開業。2009年、福島区に移転。今年、料理人人生40年目を迎える。

撮影/上仲正寿 文/団田芳子

食な人〜foodist〜
2018年8月号から転載/掲載号の詳細はこちら